抑うつの測定方法(1)


憂うつな気分を経験したことがない人はいないと思う。人間は、何か辛いことが起きた時、あるいは起きることが予測された時、憂うつな気分になる。憂うつの程度は軽いものから重いものまで様々である。倒産の危機にある自営業者の抑うつのレベルはかなり重いだろう。定期テストで悪い成績を取った高校生の抑うつのレベルは比較的軽いと思う。

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精神科医は、個人の抑うつのレベルを把握する必要がある。ではどうやって個人の抑うつの程度を把握するかと言うと、“抑うつ症状”(depressive symptoms)を評価することによって、憂うつのレベルを判断する。抑うつ症状とは、人が抑うつ的になった時に出現する、様々な症状のことを指す。抑うつ気分、意欲の低下、自殺念慮といった心理面に現れる症状から、不眠、食欲不振、疲労感といった身体面に現れるものまで様々な症状がある。

 

これまでの経験則や臨床研究から、憂うつな気分になるほど、抑うつ症状が重くなることわかっている。重い憂うつな気分に苛まれると、ほとんどの人は夜は眠れなくなるし、何事にも億劫になる。こういった経験則から、うつ症状は抑うつのレベルを表現するものと認識されるようになった。実際、現在の精神医学では、抑うつのレベルとは、すなわち抑うつ症状のレベルを意味する。そして生活に支障を来たすほど抑うつ症状が悪化した状態をうつ病と診断する。

 

精神科医臨床心理士が、診察の度に「眠れますが?」「何か気晴らしがありますか?」と同じような質問をするのは、患者の抑うつの程度を把握するためである。

 

注意してほしいのは、個人の抑うつのレベルは、状況の深刻さではなく、抑うつ症状の程度によって決まるということである。一般的に状況が深刻になればなるほど、抑うつ症状は重くなる傾向がある。しかし個人差も存在する。非常に深刻な状況でも、前向きな気持ちを維持できる人もいれば、客観的にはそこまで深刻な状況に見えなくても、重い抑うつ症状を呈する人もいる。

 

体温を測るために”体温計”があるように、抑うつのレベルを客観的に測定できる、“抑うつ計”のようなものがあれば便利でと思う。しかし、残念ながらそのようなテクノロジーはまだ開発されていない。そういったこともあり、現行のうつ病の診断基準は、いずれも抑うつ症状の項目のみで構成されている。画像検査や血液検査といった計測結果は含まれていない。もちろんうつ病の重症度を反映する客観的な指標を見つけようと、世界中で熱心に研究が行われているのだが。

 

世の中には様々な抑うつのレベルの人がいる。全く抑うつ感のない人から、重い抑うつ状態の人まで様々である。そして、こういった幅広いレベルの抑うつを客観化するために、“抑うつ評価尺度(depression rating scale)”という評価尺度が用いられる。では抑うつ評価尺度とはどういうものなのか、次回で説明したい。