うつ病の好発年齢はいつなのか?(2)

ほとんど病気や生体の指標は年齢の影響を強く受ける。しかし例外的に、抑うつスコアは年齢に対して安定している。この不思議な現象を理解してもらうには、抑うつスコアの分布が、年齢に応じてどう変化するかを見てもらうのが一番よいと思う。

まず、一般的な生理学的指標の例として、血圧の分布が年齢に応じてどう変化するか見て頂きたい。図1Aは日本人男性の収縮期血圧の30代と60代の分布の違いを示している。国民生活基礎調査のデータより作成したグラフである。

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図1Aは日本人男性の収縮期血圧の分布(国民生活基礎調査のデータ)図1BはPHQ-9スコアの年齢による分布 Tomitaka S, et al. Front. Psychiatry 2018  9:390.より


図1Aを見ると、30代と60代、いずれのグラフも対称的で正規分布のような釣り鐘型の形をしている。両者を比べると、60代の赤い収縮期血圧グラフは、30代の青いグラフに比べて、大きく右にシフトしているのがわかる。図1Aの点線は高血圧の基準の一つである収縮期血圧140mmHgを示しているが30代より60代の方が収縮期血圧140mmHgを超える割合が、明らかに多い。つまり30代より60代の方が、高血圧の患者が増加するということである。以上より、血圧の分布は年齢と共に大きく変化すると言ってよい。もちろん、中には60代になっても血圧が上昇しない個人もいる。しかし全体として見れば、血圧は年齢と共に大きく変化する。

では抑うつ評価尺度の総スコアの分布は年齢によってどう変化するのだろう?図1Bは米国政府が毎年行っている健康調査NHANESにおけるPHQ-9スコアの分布である(約1万5千人が対象)*1。PHQ-9とは世界で最も使われている抑うつ評価尺度である。PHQ-9の総スコアは0点から27点に分布するが、総スコア10点以上がうつ病スクリーニングのカットオフポイントである。図1Bの点線はカットオフポイントを示しているが、カットオフポイントを超えるとうつ病の可能性が高い(感度88%、特異度88%)。

図1Bは、30代、40代、50代、60代、それぞれのPHQ-9の総スコアの分布を示している。どのグラフも右肩下がりを示しているが、お互いのグラフがほぼ重なっており、区別するのが難しい。PHQ-9の総スコアの4つのグラフは、非常に似ていることがわかる。血圧では年齢による分布の変化が一目瞭然だった。一方PHQ-9の総スコアの分布は、年齢が変化してもほとんど変わらない。

なおPHQ-9の総スコアの分布がこれだけ安定していても、帰無仮説に基づく平均値の検定を行えば有意差は認められる。こういった数万人規模のデータの場合、サンプル数が非常に大きいので、平均値の有意差検定を行うと、わずかな違い(低い効果量)でも有意差が検出されるのである(ちなみに図1Bでは、PHQ-9スコアの平均は50代で最も高くなる)。しかし、このグラフ(図1B)の意味する一番のポイントは、抑うつの分布は年齢に対して安定しているということだろう。

血圧場合、年齢に応じて個人の血圧は変動する。その結果分布全体も変化する。一般的に、個が変化すれば、全体も変化するのが当たり前である。しかし抑うつの場合、そうはならない。個人の抑うつはストレス等により変化するが、分布自体は安定している。

ではどういった仕組みでこのような現象が起きるのだろうか?

 

*1:Tomitaka S, et al. Stability of the Distribution of Patient Health Questionnaire-9 Scores Against Age in the General Population: Data From the National Health and Nutrition Examination Survey. Front. Psychiatry 2018  9:390.