うつ病の好発年齢はいつなのか?(3)

前回のブログで説明したように、抑うつ症状のスコアの分布は年齢に対して安定している。これはかなり不思議な現象である。前回のブログでも述べたが、一般的に年齢というのは生体に対して強い影響を持つのからだ。血圧、体重、運動能力、記憶力、と年齢の影響を受けない形質はない。しかし、例外的に抑うつ症状のスコアの分布は年齢に対して安定している。

 

抑うつの分布が年齢に対して安定するには、分布を安定させるなんらの仕組みが存在する可能性が高い。そういった仕組みがなければ、抑うつのスコアの分布は、他の生物学的指標のように、年齢とともに変化するはずである。

 

更に仮説を広げると、抑うつの分布が安定するための仕組みが存在するとしたら、抑うつの分布はなんらかの数理パターンを示す可能性がある。分布を安定させる力(仕組み)が存在するのなら、分布の形はその力の影響を受けて、なんらかの数理パターンを示すからである。

 

以上の仮説に基づき抑うつ総スコアの総スコアの分布を調べたところ、総スコアの分布は指数分布に近似することがわかった(図1)。*1

 

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図1 日米の一般人口における抑うつ総スコアの分布

図1A、B、Cは日米における抑うつ評価尺度の分布を示したものである。Aは日本で行われた保険福井動向調査(2000年)のCES-Dのデータ、Bは米国で行われたNHANES調査のPHQ-9の調査のデータ、CはNHIS調査のK6のデータを示したものである。いずれの分布も右肩下がりの分布を示している(CES-D、PHQ-9、K6というのは疫学研究で用いられる代表的な抑うつ評価尺度である)。社会における抑うつ評価尺度の分布は、正規分布のような対称性を示さす、右肩下がりの分布を示すのである。

このA,B,Cのグラフを方対数グラフ(y軸が方対数)に入力するとC,D,Eのようにほぼ直線を示した。y軸が方対数のグラフで線形を示すということは、いずれのグラフも指数分布に近似するということである。

なお図E,Fの矢印が示すように、抑うつスコア0の近傍では、指数分布から外れる傾向がある。この現象に関しては後で詳しく説明したい。

 

右肩下がりの分布を示すグラフには、べき分布や対数正規分布といった理論分布も存在するが、様々なモデルの適応の良さを比較しても、やはり指数分布が最も適していた。*2

 

ではなぜ抑うつ評価尺度の総スコアは指数分布に従うのだろうか?

一般的に分布の形はその分布が成立する仕組みによって決まる。例えば正規分布は独立した因子の影響が重なった現象(数学的には足し算)で成立する。例えば身長は、様々な遺伝子や環境要因の影響の総和によって決まる。その結果、身長は正規分布に従う。生体指標が正規分布に従うことが多いのは、生体指標は要因の総和によって決まることが多いからだろう。

 

指数分布と正規分布の形が異なるのは、その成立する仕組みが異なるからである。指数分布の仕組みとしては大きくわけて2つあり、一つはランダムな現象が時間的観察によって認められる。例えば、細菌の増殖や放射性物質の減衰やイベントの待ち時間などがある。指数分布と言えば、この時間軸に関連した指数分布が有名である(統計学の教科書では時間軸に関する指数分布しか説明されていない)。

 

しかし、時間軸とは関係ない指数分布が生じる仕組みがある。抑うつスコアの分布は、この非時間軸の指数分布に相当する。非時間軸の指数分布の成立条件としては、総量が安定した状態で、個々の交換が行われる時に、出現するといわれている。こういった条件を満たすと、エントロピー最大化の原理によって指数分布が成立する。*3

 

残念ながら非時間軸の指数分布はあまり知られていない。非時間軸の指数分布の代表的な例としては、空気中の分子のエネルギーの頻度がある(ボルツマン分布)。個人所得の分布も同じ原理で指数分布に従うと言われている。また人間の人間の一日の中での時間当たりの活動量も指数分布に従うという報告もある。*4

 

*1:Tomitaka S. Patterns of item score and total score distributions on depression rating scales in the general population: evidence and mechanisms. 2020 Heliyon 6 (12), e05862

*2:Tomitaka, Shinichiro, and Toshiaki A. Furukawa. “Mathematical pattern of Kessler psychological distress distribution in the general population of the US and Japan.” BMC psychiatry 21.1 (2021): 1-9

*3:大沢文夫 大沢流手づくり統計力学, 名古屋大学出版会 2011年

*4:矢野和夫 データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則、 草思社 2014年